日本史出来事一覧 - はなまるまとめのおと

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西暦1333年の出来事

   〔出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』〕

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語呂合わせ 一味(いちみ)さんざん(1333)鎌倉幕府

西暦1333年の主な出来事 4月9日(正慶2年/元弘3年閏2月24日) - 後醍醐天皇が配流先の隠岐を脱出して京へ向かう。
5月11日(正慶2年/元弘3年3月27日) - 名越高家・足利高氏、鎌倉から京都へ向けて出立。
5月30日(正慶2年/元弘3年4月16日) - 足利高氏、京都着。
6月10日(正慶2年/元弘3年4月27日) - 名越高家、赤松則村との合戦で敗死。
6月12日(正慶2年/元弘3年4月29日) - 足利高氏、丹波国篠村八幡宮にて旗揚げ。鎌倉幕府に反旗を翻す。
6月19日(正慶2年/元弘3年5月7日) - 六波羅探題、足利高氏・赤松則村・千種忠顕の軍勢に滅ぼされる。六波羅探題北方北条仲時、光厳天皇を擁して都落ち。
6月20日(正慶2年/元弘3年5月8日) - 新田義貞、上野国新田荘で挙兵。
6月21日(正慶2年/元弘3年5月9日) - 北条仲時、近江国番場(現在の滋賀県米原市番場)蓮華寺で自刃。大仏高直ら、千早城の包囲を解き、奈良興福寺に立てこもる。
6月23日(正慶2年/元弘3年5月11日) - 新田義貞、小手指原で幕府の軍勢を破る。(小手指原の戦い)
6月24日(正慶2年/元弘3年5月12日) - 新田義貞、久米川で幕府の軍勢を破る。(久米川の戦い)
6月27日(正慶2年/元弘3年5月15日) - 新田義貞、分倍河原で北条泰家の軍勢を破る。(分倍河原の戦い)
6月30日(正慶2年/元弘3年5月18日) - 鎌倉攻防戦(鎌倉の戦い)始まる。北条守時、洲崎で自刃。
7月4日(正慶2年/元弘3年5月22日) - 北条高時・金沢貞顕・長崎円喜ら北条一門、鎌倉東勝寺で火を放った後に自刃。鎌倉幕府滅亡。
7月7日(正慶2年/元弘3年5月25日) - 鎮西探題北条英時、少弐貞経・大友貞宗・島津貞久らに攻められて博多で自刃。
7月8日(元弘3年5月26日) - 長門探題北条時直、降伏。
7月16日(元弘3年6月4日) - 後醍醐天皇、京都東寺に帰還。
8月4日(元弘3年6月23日) - 護良親王、征夷大将軍に任じられる。
9月14日(元弘3年8月5日) - 足利高氏、後醍醐天皇から一字を与えられ、名を尊氏と改める。
元弘3年9月 - 雑訴決断所設置
元弘3年10月 - 天皇側近の北畠親房、親房の子で鎮守府将軍・陸奥守に任命された北畠顕家が義良親王(後の後村上天皇)を奉じて陸奥国へ派遣されて陸奥将軍府が成立
元弘3年12月 - 足利直義が後醍醐天皇皇子の成良親王を奉じて鎌倉へ派遣され、鎌倉将軍府が成立。

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